北木石の歴史

1865年(慶応元)

畑中平之丞、採石を始める。

1873年(明治6年)

伊予・伯方より石工6名来島し、数箇所に丁場開設。

1879年(明治12年)

横浜正金銀行の建築用石材を受注し、その成功により、北木石の評価が高まり販路拡大の道が開ける。

1882年(明治15年)

明治28年 北木島村石丁場組合設立 組合員27

1896年(明治29年)

日本銀行本店建築竣工し大量の北木石が使われ北木石のブランド化実現。東日本の採石丁場の開発を促すことになった。

1899年(明治32年)

北木島郵便局設置。石材振興を願う畑中平之丞の尽力で開設。

1903年(明治36年)

北木石材採掘組合設置(組合員80名、石工280名)

1907年(明治40年)

大日本帝国政府より、日露「国境の境界石」を受注し樺太へ運ぶ

大正13年 北木電気株式会社設立 北木・高島・白石併せて70箇所

1932年(昭和7年)

金風呂港から海軍の大砲運搬船「砲運丸」3700トンで靖国神社大鳥居(直径1.8m、長さ18m他)と大石灯篭他一式を積み出す。

 

昭和27年 電力増強 機械化促進 先財産業が飛躍的発展の基礎

昭和28年 削岩機の導入

昭和28年9月 石工補導所設立 定員20名 年限1年

昭和35年 石材加工場開始

昭和36年4月7日 石工補導所閉所

昭和40年 フェリー船運航

昭和44年 北木石材組合事務所建設

昭和45年 削孔機(ジェットバーナー)導入